未解決事件

世田谷一家殺害事件の残忍すぎる犯人の異常性<未解決事件>

世田谷一家殺害事件を覚えているだろうか?

2000年12月30日の深夜に東京都世田谷区上祖師谷で起きた殺人事件の通称で警視庁による事件の正式名称は
上祖師谷3丁目一家4人強盗殺人事件である。

この事件は20世紀最後の日に発覚した大晦日に差し掛かろうとする年の瀬の犯行だった。
犯人の指紋や結婚など個人を特定可能なものや、靴の跡のほか数多くの遺留品を残している点。

子供までめった刺しにしている残忍な犯行であること。

殺害後半日近くも現場に止まっていた可能性が指摘されパソコンに触れたり、アイスクリームを食べたりするなどの、異常な行動などを多くの事柄
が明らかになっていながら、いまだ犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決です。

 

世田谷一家殺害事件、被害者の状況

44歳の父親の遺体は1階の階段の下。

41歳の母親と8歳の長女は屋根裏部屋下の2階踊り場付近で発見されたが
屋根裏部屋の布団から母親と長女の血液が発見された。

6歳の長男は2階の子供部屋の二段ベッドで発見され第一発見者は被害者宅と隣接している家に住んでいる母親の実母。

午前11時頃電話をしても通じないことから合鍵を使って家に入ったところ地獄絵図のような光景が広がっていたのである。

父親は太ももや尻などを切りつけられていて、頭部に柳刃包丁の破片が残っている。

母親と長女は顔や首を中心に上から切りつけられていたが死後も必要に何度も刺して
いることが明らかになっている。

長男は手で首を絞められたことによる圧迫痕や鼻からの出血以外には外傷らしきものや
犯人の血痕などは見つからなかった。

また現場に長女の血のついたティッシュペーパーが落ちていたことから犯人は母親が負傷した長女の手当てをしているのに犯人の気づき、再び襲った可能性が
ある。

それに比べ長男は二段ベッドの下の段でうつぶせの状態で布団がかぶせられていた。

被害者たちの胃の内容物から殺害の推定時刻は12月30日の23時30分ごろとされ
ている。

世田谷一家殺害事件の殺害の手口と犯人の異常性

犯人の入室経路は被害者宅の裏にある2階浴室の窓とみられている。

それというのも浴室の窓は開いており網戸が外に外れ落ちている。
また窓の真下の地面に犯人の足跡とよく似た大きめの足跡が発見されており、同じく窓の真下の公園フェンス付近の木の枝が折れていた。

特別捜査本部が検証した結果、若者なら2階の浴室までよじ登れば無理なく侵入可能なことが明らかになっている。

一家4人の遺体が発見された時、玄関の扉の鍵がかかっていたことや、玄関のドアノブなどから犯人の痕跡が発見されなかったことが。2階の浴室の窓が侵入口
と見て妥当だという判断。

 

世田谷一家殺害事件の犯人の異常性

こうした状況から室内に侵入した犯人はまず、

2階の子供部屋の二段ベッドの下の段で寝ていた長男殺害後、異変に気付き2階に上がってきた父親を襲って殺害。

最後に3階の屋根裏部屋で寝ていた母親と長女を襲って殺害したとみられている。

なお殺害時かどうかは不明ではあるが室内を移動するとき軍隊などで習うような壁に背中をつけて横歩きしていたことが足跡からわかった。

犯人は持ってきた柳刃包丁は殺害し頭部を切りつけた時に数ミリかけ、その後に完全に折れたことから被害者宅にあった文化包丁を凶器として使用している
ことが明らかになっている。

犯人は犯行時に右手を負傷している殺害現場で救急箱が物色されており犯人の指紋が付着した絆創膏
血痕が付着したタオルなどが2階の台所に散乱していた。

また生理用品で止血を試みるなど治療をした形跡も残され、4人を殺害した後に犯人は冷蔵庫からペットボトルの麦茶やめろ
アイスクリーム4個を取り出して食べた形跡が残されていた。

しかし同じ冷蔵庫にあったビールには手をつけていない。

このことから犯人は酒を飲まない人物の可能性が高いとしているが、アルコールによる逃走への影響を考えて意図的に飲まなかった可能性もなきにしもあらずである。

また犯人が被害者宅の室内を物色中にガムを噛んでいたことも分かっている。

2階の居間ではソファにキャッシュカード類。
その近くに手帳や銀行の預金通帳。
運転免許証など生年月日が分かる書類が仕分けされていた。

また棚や机などのほとんどの引き出しが、下から順番に開けられていた形跡があったこれは空き巣特有の手口でもある。

被害者宅にあった父親のトレーナーがなくなっており犯人によって持ち出された可能性が高い。というのも返り値を大量に浴びた犯人のものと思われるトレーナーが2階の居間に綺麗に畳まれている状態で見つかっている。

それにしても血が大量に付いたトレーナーを几帳面に畳むという行為に犯人の異常性を感じる。

世田谷一家殺害事件犯人の犯行の目的がわからない

母親が経営していた学習塾の授業料である現金20万円がなくなっており、ぬきとられたとみられる財布もあったが貴金属類は一切持ち出されていない。

また1階の書斎の本棚に置かれていた現金6万円が入った封筒はそのまま置かれていた。
こうした一連の行動も不可解である。

室内を空き巣特有の手口で物色しておきながら、どうして6万円が入った封筒だけ見逃したのだろう。

2階の浴室では浴室の中に父親の仕事関係の書類や領収書、母親がやっていた学習塾の書類、止血したとみられる生理用品、タオル、アイスのカップ
などが散乱していた。

これらのことから犯人が家の中を物色して、不必要なものを浴槽に捨てたと考えられるが無論真相は定かではない。

犯人が被害者宅のトイレを使用し、トイレの中で被害者たちのバッグを物色していた形跡
もあった。

また大便の中からインゲンとゴマが検出されたが、これは被害者一家の胃の内容物や食事とは異なっていることから、犯人が食べたものの可能性が高い。

世田谷一家殺害事件の犯人がパソコンを使った形跡

犯人は1階の書斎にある父親のパソコンを操作した可能性がある。

通信記録を解析した結果、
31日午前1時18分頃と午前10時5分ごろの2回にわたってインターネットに接続されていたことが判明した。

しかしマウスから犯人の指紋が検出されたがキーボードからは検出されていないなど謎が残っている。

またパソコンの電源ケーブルが被害者たちの遺体発見時、抜け落ちている。

もし犯人のパソコンを操作していたとすると犯行時刻の23時30分頃から母親の実母が一家4人の遺体を発見する数十分前に
当たる、午前10時過ぎまで犯人は半日近くもの間、被害者宅に潜んでいたことになり犯人の逃走時刻を推定する有力な証拠となっている。

しかし再現実験を行った結果、マウスが落下するなどの衝撃でインターネットに自動接続
する可能性があることや2度目のネット接続、午前10時5分ごろでは父親の会社の会社のホームページが表示された以外の履歴が
ない事から一度目のネット接続、つまり午前1時18分頃以降犯人が夜間のうちに逃走した可能性が高まったと報道されるようになった。

何時ごろまで犯人が被害者宅にいたのかがはっきりしなくなってきた以上、逃走後の移動手段や経路はいまだ不明のままである。

 

世田谷一家殺害事件の犯人の遺留品

捜査本部は現場の遺留品が購入できた場所を探し、
それらの地域が事件当時の犯人の生活圏だった可能性があるとして捜査をすることにした。

現場には犯人のものと思われる遺留品が数多く残されていた。

そして、「柳刃包丁」「ヒップバッグ」「帽子」「ハンカチ」「手袋」など「マフラー」以外のものが
小田急線本厚木駅付近の衣料品店や金物店でも扱われていたことがわかったった。

また犯人が来ていたと思われるトレーナーも神奈川県厚木市内の店舗で3着販売されて
いたことが判明した。

だが同時にどれもスーパーマーケットなどで購入できる大量生産品が多く捜査は難航した。

そんな中遺留品ではないが現場に残されていた足跡からイギリスの「スラセンジャー」という
ブランドだということが判明。

韓国のメーカーが1998年から2000年11月にかけて、4530足、製造販売していたことも分かった。

しかも犯人の足のサイズから日本国内の正規のルートでの販売は確認されていないこと
も判明したため、捜査本部は犯人が韓国で購入したか、並行輸入や個人輸入などして入手した可能性
まで視野を広げて情報を呼び掛けた。

捜査は難航を極めたがそれでもこうした遺留品から少しずつだが犯人の特徴が分かり
始めてきた。

世田谷一家殺害事件の犯人の特徴

犯人は犯行時に負傷し現場に残されていた犯人のものと思われる血液から血液型は a型
と判明。

殺害された一家に a型はいないことから犯人のものだと考えてまず間違いない。

同時に血液から犯人の性別が男性であることも分かっている。

また血液から向精神薬や風邪薬覚せい剤などの薬物反応は出ず、タバコを吸わない人物だということも特定されている。

以下次のようなことがわかっている。
被害者の傷あとなどから犯人は右利きの可能性が高い。

犯人の指紋は渦状紋で被害者宅から10数個発見されているが過去の犯罪者の指紋
データと合致しない。

服装などから犯人の身長は170センチ前後の可能性があり、ヒップバッグのベルトの長さから、胴回りは70から75センチのやせ形と推定されて
いる。

そして現場に残されていた血液の DNAからルーツをたどる
人類学的解析によって父系がアジア系民族、母兄は欧州系民族が含まれていることが判明した。

特に注目すべきは父系を示す y 染色体は日本人よりもその他のアジア系民族に多い
ことがわかったのである。

その分布頻度は日本人のおよそ33人に1人中国人の10人に1人韓国人の5人に1人だと言う。

そうしたことから特別捜査本部は犯人がアジア系を含む日本国外の人または混血の日本
人である可能性も視野に入れて捜査し、同時に国際刑事機構 icpo を通じて日本国外も捜査機関に協力を求めている。

捜査本部は当然のことながら一家が何かトラブルを抱えていなかったかを含め人間関係を徹底的に調べたがこれといったものは何も出てこなかった。

特別報奨金制度の対象事件になった

警視庁は2007/12/14よりこの事件を捜査特別報奨金制度の対象事件に指定した。

事件の解決犯人の逮捕に結びつく有力情報の提供者に最大300万円の懸賞金が支払われる。

そして2010年12月16以降は、事件の捜査に協力する会によって私的懸賞金最大700万円が用意され

懸賞金は最大1千万円となったが、2014年12月にはさらに指摘懸賞金が1000万円増額され
逮捕につながる情報には合計最大2000万円が支払われることになった。

もちろん現在もなおこの懸賞金は生きている。

未解決のまま19年という歳月が流れた、昨年遺族は警視庁から被害者宅の取り壊しを打診された。

老朽化しているためこのままにしておくのは危険だというのだ。

だが遺族は警察からまだ明らかにされていない事件の詳細な説明が十分されていない状態では
取り壊しは決断できない。と苦悩し続けている。

そして遺族は慰霊の現場住宅も室内公開に踏み切った。

母親の実の姉は事件現場となった室内を記者たちに公開し、実感をしたことを報道してもらい
広く世間に伝わることが事件解決につながる力になると信じているからだといった。

今年は事件発生からちょうど20年目となるもしかすると犯人はどこかでこの映像を見ているかもしれない
私たちは一刻も早く犯人たい方願うばかりである。

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