懲役刑

AKB48握手会傷害事件 梅田悟

2014年人気アイドルグループakb48のメンバーが握手会の最中に襲撃されるという事件が発生しました。

この記事では犯人のお生い立ちと事件が起こった経緯その後の裁判などをまとめています。

AKB48握手会傷害事件事件の内容

2014年5月25日人気アイドルグループakb48のメンバーが握手会の最中に襲撃される事件が発生しました。
その犯人の名前は、梅田悟。

なぜ梅田悟はこの事件を起こしたのか?
それにはこんな人生のゆがみがありました。

梅田悟の生い立ち

後に凶行に及ぶこととなる男、梅田悟は1990年5月16日に青森で十和田市
で生まれました。

 

梅田家は彼のほかに母親と姉が1人いるというシングルマザーの家庭だったそうです。

そんな一家で育った梅田は幼い頃から足が速かったらしく中学校に進学してからは
陸上部に入部しています。

部の中でも好タイムを出し続け地区大会でも優勝するほどの実力を発揮していました。

その後のタイムは更新されていき最終的には800メートル走で県大会2位という成績を残すまでになっていたそうです。

そうした姿から梅田は陸上部内でも憧れの的になっていました。

また私生活では普段から口数が少なく、おとなしい性格だった一方で不良グループ
相手には臆さず向かっていくなど正義感の強い一面も持ち合わせていたそうです。

そのため彼のことを慕って仲良くする友人もいました。

そのようにして充実した中学生活を送っていた梅田でしたが高校に進学してからは
同じようにはいかなかったようです。

先輩達のいじめによる高校生活

中学時代に陸上競技で優秀な成績を収めていた彼は高校でも陸上部に入部してい
ます。

 

しかしそうして部の一員になった梅田のことを歓迎しない先輩たちがいたのです。

彼は入部から間もなくして先輩部員からいじめを受けるようになります。

いじめの内容は主に悪口や陰口だったそうです。

梅田は人間じゃないみたいと言われたことで深く傷ついてしまいました。

時間がたっても先輩部員からのいじめがなくなることはなく、梅田の精神はどんどん
すり減っていきます。

 

その結果彼は入部からわずか1週間ほどで辞めたいと口にするようになってしまい
ました。

中学時代は不要にも立ち向かっていった梅田ですが今回の相手は部の先輩です。

しかも相手は一人ではなく集団だったため彼が対抗することはできませんでした。

ただそんな梅田のことを気にかけてくれる人物が校内にもいたようです。

その人物とは彼の姉でした。

いじめを先生に伝えても助けてくれなかった

当時姉が通っていたのは梅田の進学先と同じ高校だったのです。

弟のことを心配した彼女は梅田に代わって教師のもとを訪れます。
そして弟がいじめられているという事実を教師に伝えたのです。

当初姉はこれでいじめがなくなるだろうと考えていました。

ですがその相談に対して教師が返してきた言葉はお前が何とかしろという心ないものだったのです。

学校側はいじめの存在を知っておきながら見て見ぬふりをしようとしていました

もしかしたら姉が相談する前から梅田がいじめられているということは分かってい
たのかもしれません。

いずれにせよ学校が何らかの対応をしてくれることはなかったのです。

そんな中でも先輩部員による陰湿ないじめは続いていきます。

これによって弱っていった梅田は普通だったら死んでるといった
言葉まで漏らすようようになっていたのです。

この時点で彼は自殺を考えていました。

そんな辛い状況から逃げ出したいかでは高校を辞めたいというようになります。
しかし母親はそれを許そうとしません。

そのため梅田はいじめに耐えながら高校に通うしかありませんでした。

それと同時に彼は家族でさえも自分の辛さを分かってくれないと感じるようになっていきます。

その結果としていつしか家でもあまり言葉を発さなくなってしまったそうです

そしてついには不登校になってしまいましたとはいえこれが梅田に残された唯一の自衛
手段だったのです。

そうなってから母親は初めて彼がどれだけ追い込まれていたのかということに気が
つきました。

 

通信制高校に再入学自分で学費を稼ぐ苦労人

そして高校2年の夏にようやく高校中退が決まったようです。
中退後の梅田は通信制の高校に再入学しています。

その際彼は、学校の授業料などを自分のアルバイト代から捻出していたそうです。

これは母親に迷惑をかけたくないという思いからくる行動でした。

中退のことで一時は衝突したとはいえ梅田にとっての母親は病弱でありながら姉と
自分を女手一つで育ててくれた偉大な存在だったのです。

そのようにしてからは授業料を稼ぎながら勉強を頑張っていました。

そして無事に通信制高校を卒業した後は地元でアルバイトをしていたようです。

この時になっても彼は実家にアルバイト代のほとんどを入れていました。

 

就職するが、人間関係で仕事が続かなくなり…

そのまま地元で数年間を過ごした後に梅田は大阪に行くことを決めています。

それは彼が22歳になっていた2012年頃のことでした。

 

そうして新天地に向かってからの梅田は人材派遣会社に登録しそこの社員寮に積み
ながら交通整理の仕事をこなしていたそうです。

そしてやはりここでも彼は給料のほとんど実家の母親に仕送りしていました。

おそらくは病弱だった母親に楽をさせてあげたいという気持ちとこれまで育てて
くれたことに対する感謝が大きかったのでしょう。

悪いと思った母親が仕送りをしないで良いと断ったこともあったそうですがそれでも
梅田は給料が入るたびにお金を送り続けていました。

どうやら彼は働くこと自体にやりがいを感じていたようです。

そのようにして見知らぬ土地でも頑張って働いていた梅田を一つの悩みが苦しめてい
ました。

その悩みの正体は人間関係です。

職場での人付き合いに悩んだ彼は精神的に不安定になってしまい病院で診察を受ける
までの状況に追い込まれています。

そこでの診断結果は精神病などの症状はないものの先天的な発達障害が見られるというものだったのです。

梅田は幼い頃から話すのが苦手でクラスの中心にいるような人物ではありませんでし
た。

実はこのコミュニケーションの難しさも発達障害から来ていたということがここで
明らかになったのです。

実際当時の彼に友人と呼べる関係の人物はいませんでした。

このことを悩んだ梅田は2013年5月頃に実家へと帰っていきます。

そして青森県から精神障害者保険福祉手帳2級を交付されました。

 

しかし梅田本人としては精神状態がよくなりしだい、また普通に働きたいという考え
だったようです。

そこで彼は精神の回復を待って青森県内の警備会社に再就職を果たすこととなりまし
た。

その際に梅田は障害者手帳を返却しています。

ですがやはりそこでも人間関係で問題を起こすようになったようです。

その結果彼は2014年1月に警備会社を解雇されてしまいました。

その後は再就職にも失敗していたようです。

それからというもの梅田はすっかり落ち込んでしまいます。

 

そして実家に引きこもるようになってしまいました。

しかしそこでも彼の心が休まることはありません。

 

当時の梅田家には叔父も住んでいたらしいのですが彼と梅田の関係が良くなかった
そうなのです。

 

叔父からすると梅田は聞き分けのない性格だったのだと言います。

彼のことを思って話をしても言うことを聞こうとせずに一人で
閉じこもってしまうため何にを考えているのか分からないといった調子でした。

1人引きこもっていた梅田は仕事も収入もない中でどんどん不安だけが膨らんでいき
ます。

AKB48に嫉妬…事件のはじまりに

そんな中彼がふとテレビをつけるとそこに
は akb48の姿が映し出されていまし
た。

それを見た梅田は芸能界という華やかな
世界で多額の収入を得ている彼女らに
嫉妬心を抱いています。

akb48のような人たちはつまら
ない自分とは正反対だと感じそんな彼女ら
が憎いとすら思うようになってしまったの
です。

その結果彼は自身の不満を解消するために
akb48のメンバーを襲撃しようと考えだします。

そこで梅田が狙うことにしたのは誰でもメンバーに触れることができる握手
会でした。

彼は今後のイベント予定を調べていきます。

そこで梅田は岩手産業文化センターでの握手会が予定されていいう
ことを知りました。

地元青森から近い距離の会場だったこともあり彼はそこを襲撃場所に選んでいます。

犯行に向けて梅田は握手会参加券が封入されている akb48のCDを
購入していきました。

凶器を揃え襲撃の準備そして犯行へ

まず最初に梅田が持ち出してきたのはのこぎりだったのですがそれだけでは殺傷
能力に欠けると感じたのか彼は自ら接着剤を使ってのこぎりにカッターナイフの刃を
貼り付けるなどしていました。

そうして改造を施したノコギリの威力を確かめるため梅田はダンボールを
切りつけるなどしています。

こうして着々と準備は整えられてしまったのです。

そして迎えた握手会当日の2014年5月25日この日の梅田は散歩に出かけてくる
とだけ言い残して自転車で家を出発していきます。

その後彼は予定通りの時間に会場へと到着したようです。

 

会場に入る際梅田は凶器を折りたたんで手提げバッグの中に隠していました
ここまでくればあとは襲撃するだけです。

彼は握手をするためにできたファンの列を
眺めました。

この時まで梅田はどのメンバーを襲うか決めていなかったそうです。

というのも彼はアイドル等に一切興味がなく普段聴く音楽もメタルやハードロック
などでした。

そのため梅田は会場についてから列が短いレーンに並ぼうと決めていた
ようです。

そうして彼が並んだ先で握手をしていたメンバーは川栄李奈さんと入山杏奈さんの
2名でした。

まさか自分たちが狙われているとは知らない彼女らは笑顔でファンとの時間を
楽しんでいたことでしょう。

しかしその列の先には狂気に満ちた顔をした梅田の姿が
あったのです。

彼は自分の順番が来るのを待ち続けいよいよそのタイミングが近づい
ていきます。

16:55自分の番が回ってきた梅田はかばんの中
から改造のこぎりを取り出しました。

川栄さん、入山さん、男性スタッフを切りつける

それから彼は川栄さんと入山さんに襲いかかったのです。

そんな彼のことを近くにいた男性スタッフ
が止めようとします。

すると梅田はその男性スタッフにも攻撃を
加えだしました。

これによってメンバー2人にスタッフを
合わせた計3人が骨折や熱傷などのけがを
負ってしまったのです。

そこまでしたところで梅田は男性スタッフ
に取り押さえられました。

そして犯行から13分後の17時8分彼は
通報を受けて駆けつけてきた警察に殺人未遂の容疑で現行犯逮捕されています。

一方けがを負った3人はすぐに病院へと搬送されました。

そこで適切な処置を受け彼女らは翌日に退院しています。

逮捕から裁判へ

その後梅田は警察による取り調べを受けることとなったのですがそこで彼は意味不明
な供述を並べています。

これを受けて梅田に対する精神鑑定が行われることになりました。

その結果は刑事責任能力を問えるというものだったようです。

これにより彼は障害および銃刀法違反の罪で起訴されています。

盛岡地裁で初公判が開かれたのは2014年11月4日のことでした。

その後の公判で検察側は犯行の悪質性を指摘した上で
懲役7年を求刑しています。

一方の弁護側は梅田に統合失調症の傾向があったことや反省する姿を見せていうこと
を上げ情状酌量を求めたようです。

こうした主張を受け2015年2月10日の判決公判で最終的に盛岡地裁が下した
判決は懲役6年というものでした。

裁判長は判決理由として一歩間違えれば殺人事件になりかねなかったことや社会的影響の大きさなどを挙げています。

この判決に対して検察および弁護人の双方が控訴をしなかったため2月25日に懲役
6年の実刑判決が確定することとなりました。

事件後 akb48系列の握手会ではセキュリティ強化がなされています。

この事件をきっかけにしてメンバーの安全を守るための厳しいルールがを受けられる
ようになりました。

その甲斐もあってか本事件後に握手会を狙った事件は起こっていません。

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